1. 鈴鹿山脈/登山日記

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糠塚山・久留倍官衙遺跡

概要

ときに、四日市市の糠塚山とその周辺を徘徊している。糠塚山は丘陵地の東端にあり、ここから伊勢湾に向かって平野が広がっている。

ここには聖徳太子の御料地との伝承がある鵤(いかるが)の地名が残り、式内社・伊賀留我神社(寛永期に分社して2社ある)が存在する。近年、久留倍官衙遺跡が発見されて賑やかになった。地元では「久留倍官衙遺跡を考える会」を立ち上げて、シンポジウムなど開催している。

糠塚山

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国道1号線から四日市東ICへ向かう富田山城道路沿いにあるガソリン・スタンド(コーナン)の東側から御嶽神社に入る。その駐車場から竹林の小径を登り、夏季は遠慮したい細道で雑木林の山頂に着く。ここには二等三角点・大矢知村(67.3m)が置かれているが展望はない。「点の記」には御嶽神社から約3分とある。

この山頂には「天武天皇神宮遙拝所跡」の石碑(裏面:大正四年御即位記念 旧鵤村)が建つ。山頂から南へ道のない藪を下ると浄恩寺裏の墓地に飛び出した。 (2008.03.16)

天武天皇迹太川御遙拝所跡

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壬申の乱で北勢地域を北上した大海人皇子は、迹太川(とほがわ)で伊勢神宮を遙拝し、戦勝祈願をしたとされる。迹太川は所在不明だが、糠塚山周辺を遙拝地とする説がある。「四日市市史」によれば、大矢知町・斎宮の「天武天皇迹太川御遙拝所跡」が昭和16年に県指定記念物になっているとのこと。

伊賀留我神社(北)から西に出て、十四川を変形交差点で渡ると、その「天武天皇迹太川御遙拝所跡」の石碑(昭和16年)がある。場所が解らず附近を探したが、変形交差点から西へ入る狭い道が正解だった。

県指定記念物の案内板には、指定理由を平成14年に枯死した「天武天皇のろしの松」と伝承される老松があったためとしている。なお、隣の石碑(昭和十年三月三重懸)には、「日本書紀曰天武天皇元年六月丙戌旦於朝明郡迹太川邊望拝天照大神蓋此ノ附近ナラン」とある。(2008.03.16)

久留倍官衙遺跡

伊勢国朝明郡の郡衙(役所)、東海道の駅舎、聖武天皇東国行幸の仮宮などと取り沙汰される久留倍官衙遺跡が北勢バイパス工事で見つかっており、平成18年に国指定史跡となった。(文化遺産オンライン四日市市教育委員会パンフレット

発掘調査が終わった久留倍官衙遺跡は、埋め戻されて整備事業待ちの状態だ。小高い丘に更地のように広がっているが、北勢バイパスの高架が完成すれば、伊勢湾の展望は目隠しされて、伊勢神宮を遙拝できる地理的条件を実感できなくなってしまう。残念なことだ。四日市市は遺跡公園として復元する計画である。(2008.02.24)

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斎宮山

久留倍官衙遺跡の南にある斎宮山(いつきやま)にも登ってみた。スーパーマーケット裏に西から入る農道が残っている。これを登ると小さな梅園があり、ここから竹林に入って山頂を探したが、そこは展望がない藪だった。(2008.03.16)

(現地 2008-02-24、作成 2009-01-07、最終改訂 2013.09.12)